クレームハラスメントに繋がるクレームは些細なことから生まれる

最近、中高年層を中心としたクレーマーが増えています。店舗やサービス業によっては、スタッフがクレームハラスメントに合って仕事をすることができなくなることもあります。

「お客様は神様です」と言ったのは昔のこととして、今ではお客様のクレームよってはスタッフが毅然とした態度で厳しく接するということが常識になろうとしています。そうしないと店舗もスタッフも自身を守ることができないからです。

店長にとっては一人のお客様の理不尽なクレームよって、大切なスタッフを傷つけられたり、辞めてもらっては困ります。

しかし、店舗を営業していれば何かしらのクレームは発生します。スタッフがクレームハラスメントに陥る前に、店長はクレーム対応について基本的な態度を示す必要があります。

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店舗スタッフの認識の甘さがトラブルを大きくする

クレーマーと違うお客様のクレームが、場合によって大きく膨らんでしまうことがあります。しかし、このような大きなクレームは、実は些細なことから生まれます。

些細なことが大トラブルになる理由は何か?

それは対応した店舗スタッフがクレームに対して、「それは些細なことだ」と思っているからです。その態度にお客様がさらに怒ってしまうのです。

怒るお客様も普通の人間です。実際に家に帰ってから「後から考えればなんであんなに頭にきたのか……」と自分でも不思議に思うほど、激してしまうことがあります。

その怒りに火をつけるのは、ほんの小さなボタンの掛け違いなのですが、明らかに掛け違ったボタンに店舗スタッフが気づかねばなりません。

<あるデパート店員の場合>

お客様は、あるデパートで買い物をして領収書を頼みました。

「伊藤で領収書お願いします。伊藤の藤はふじという字です」

このときレジの店員に他の店舗スタッフが何か話しかけました。でも、お客さんが領収書を欲しがっているということはレジの店員の耳に入っていたようです。ただ、とても微妙な感覚ですが、明らかにレジの店員の関心が、お客様でなくその店舗スタッフの話のほうにありました。

さて商品の包装を終えて、会計の段になり、レジの店員はいいました。

「領収書のお名前はいかがいたしましょう」

これでお客様は力チンときます。

「伊藤っていいましたが……」と不機嫌にお客様が答える様子に、店舗スタッフは不思議に思いました。

さらにスタッフは「あ、はい……。すみません。伊藤様のとうはどんな字ですか?」と面倒そうな表情をしながら聞きました。

ここでお客様は激怒されます。

「なんなの、あなた。責任者を出してください」

「は?いえ、お客様。領収書のとうの字は……」

スタッフは単に、このお客様がうるさく因縁をつけていると思っています。なぜこのお客様は、いま不機嫌になられたのかと思いめぐらすことができずに、早く領収害を書いて終わりにしたいと思っています。そして、こういった態度がさらに彼女を怒らせます。

こうなると、もう感情論になってきます。たしかに、領収書の宛名をもう一度いい直せばすむ話です。しかし、お客様が怒っているのは、宛名をいい直しさせられたからではなくて、まるで彼女がうるさい因縁をつけているといわんばかりの「店舗スタッフの態度」なのです。

お客様は店舗スタッフが思う以上に、こちらの態度や表情、言葉のトーンをよく見ています。そして自分が中途半端に扱われていると感じてしまったら、感情の抑制が効きにくくなるのです。

お客様をアドパイザーに変える方法

クレーマーは店舗側が自分の言い分を聞いてくれたことに快感を覚えて、クレームを繰り返すようになります。自分がこの店を監視してやっている、改善のヒントを教えてやっているのだということを自分の使命だと思っているフシがあります。そんなクレーマーも、もともとは普通の善良なお客様だったはず。

しかし、通常はクレームを言うということはとても嫌なことであり、いらないエネルギーや気を使います。

このことに店舗スタッフが気づけば、クレームを上げたお客様を前にして、「うるさい人だな。今日はついてないな」などと思うことはできないはずです。

お客様にしてみれば、言わなくてもいい不愉快なことを言っているのです。そしてお客様をそんな立場にしたのは、店舗なのです。

クレーマーは厄介な存在ですが、言いにくいクレームをわざわざ上げてくれたお客様は大事な存在です。

普通、クレームを上げたお客様はその問題が解決しても、二度と来てくれないことが多いものです。

なぜかというと、クレームをつけたことによる気まずさから来にくくなってしまうのです。それだけ、お客様の心にも、嫌なわだかまりが残っています。つまり、その問題は解決したようで実は解決していないのです。

考え方を変えて、クレームを上げたお客様を「クレームを言ってきた人」ではなくて「アドバイスを与えてくれた人」として捉えてみてはどうでしょうか。自分の中でそう思うだけでなく、相手の立場自体をアドバイザーに変えてしまうのです。

<飲食店におけるクレームの場合>

  • 出した料理にクレームがついた場合

すぐに料理を作り直して対応するのが普通ですが、クレームを言ってしまったお客様も気まずいものです。

だから「先程は、大変に失礼いたしました。ところで、お客様、こちらのお料理についてはいかがでしたでしょう? 温かいうちにお届けできていたでしょうか。もしよろしかったら味付けについてもアドバイスいただくことはできませんでしょうか」と、別の料理についてアドバイスを求めてしまうのです。

こうすることで、お客様の立場は「クレームを言ってきた人」から「アドバイスを与えた人」に変わります。お客様の気分も軽くなり、またご来店いただけることになります。

  • フロア係の接客についてクレームがついた場合

「お席までご案内するときの対応はいかがでしたでしょうか」「ご予約いただいたときの電話応対はいかがでしたでしょうか」と対応のアドバイスをお客様に求めるのです。

アドバイザーとなってくれたお客様は優良顧客となる可能性が高く、常連さんになってくれます。ただたんに「クレームをつけてきた人」として扱ってしまっては、将来の優良顧客をみすみす「二度と来てはくれない人」にしてしまいます。こうしてアドバイスをうけてサービスのレベルを上げていけば、だんだんとクレームそのものがつかなくなります。普段からいいサービスをしていれば、どんなことも大きなトラブルにはならないものです。

常連のお客様の多くは、その場だけを見てクレームをつけるのではありません。普段からの仕事ぶりをきちんと見ているのだと気づいてください。クレームをアドバイスと置きかえることで、お客様との関係もサービスもよくなります。

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クレームを言ってもらえることを喜べ

クレームを上げるお客様はアドバイザーにもなってくれる可能性があり、クレーム対応を体験することで、自分たちのサービスの欠点が見えてきます。つまりクレームはサービス向上の大きなチャンスなのですから、通常は怖がることはありません。

クレーム対応は「お客様の本音をお聞きするチャンスだ」と思えばいい。

最初はとにかく誠心誠意、対応するだけでいいのです。クレーム対応の経験を重ねているうちに、「あれ、このお客様は、この間のお客様とは違うご意見をお持ちだな」「このお客様は、もっとオープンな意見交換をされたいのだな」-もしかしたら、まだ本音をおっしゃっていないのではなしか」などと、お客様一人ひとりの違いが見えてきます。そこで、はじめて、お客様の立場に立った機転の利いた対応ができるようになるのです。

ただし、クレームを材料に土下座や金銭要求など理不尽な対応を求められた場合は、毅然とした態度をお客様の前で示すことです。場合によっては警察に通報することも有りです。クレームと業務妨害の違いをはっきり認識しておきましょう。

自分でもクレームを言ってみる~お客様の気持を体験する~

クレーム対応をしているときに、本当にお客様の立場に立って考えることができる人は多くありません。本人は意識していなくても、結局はどうしたらこの場が収まるかという店舗スタッフの立場でしか考えられないのが普通です。

つまり、お客様が本当は何を望んでいるかがわからない。だからなかなか解決しません。逆にいえば、本当にお客様の立場になって、お客様の心のうちがわかれば、簡単に解決することができるのです。

お客様の立場になる練習として、ときには自分もクレームをつけてみることは必要かもしれません。ただし、そのときに威圧感を与えたりしないように気をつけてください。事実だけを伝え、そのことでサービスのレベルアップを図ってくれることを願いながら、悪い点を指摘します。

そのときに相手はどう対応したか、よく見てください。あなたが気持ちよく帰れる対応をしてくれたなら、あなたもそういう対応を心がければいいのです。もし残念な対応をされたら、それと同じことを自分のお客様にはしてはいけません。

以上「クレームハラスメントに繋がるクレームは些細なことから生まれる」でした。